空は生憎灰色。そりゃいつでも晴れてたらそれはそれで困るんだけど。
でもせっかく屋上に来たっていうのに、この天気だ。
おれはあんまり歓迎されてないらしい。
歓迎され過ぎて暑いのはヤだけど、これはこれで少し寂しかったりする。
「先生」
おれが銀八先生を呼ぶと先生は「ん~?」と煙草をふかしながら生返事を返してきた。
「おれの年知ってやすかィ?」
「うん。だって沖田くん先生のクラスのコじゃない」
「ってことは未成年ですぜィ?」
「まだ高校生だもんね~」
「煙草と酒って何歳から?」
「ん~、二十歳から」
ちなみに教員も学校では喫煙室でしか吸っちゃダメなんだよね、と言いながら
屋上で、しかも授業中、さらに生徒の前で堂々と喫煙中のアンタは何なんだと言おうかと思った。
「・・・先生って一応『先生』ですよねィ?」
「うん、まあ一応は教員免許もってるし、君たちにも勉強教えてるし」
「あんたに何か教わった覚えはねぇんですけどね」
「それはキミが睡眠学習してるからじゃないの?」
「まあ否定はしやせんけど。・・・とにかく、おれを注意しなくていいんですかィ?」
先生は不思議そうな表情をしておれの方を見た。「何で?」と顔に書いてある。
おれは自分の左手を指差した。
中指と薬指で挟まれているのは『WILD HEAVEN』。
今日はたまたま煙草を持ってきてたし、5限目がヒマな日本史の授業だったからこっそり抜けてきた。
煙草に火を点けようと100円ライターを取り出したときドアが開いて、ばっちり銀八先生に目撃されてしまった。
停学なんか別にどうでもいいけど、近藤さんを悲しませるのと土方さんに怒られるのだけは嫌だったから。
「やっぱ、おれ停学とか自宅謹慎になるんですかィ?」
「先生としてはガッコに来ても睡眠学習ばかりしてる沖田くんに停学も自宅謹慎もあったもんじゃないと思うんだけどね、
でも今のところ停学させる理由ないじゃない」
「や、だからコレだって」
おれは再び煙草を指差した。
一応未成年の喫煙なんだから、何かの処分は受けなければならないんだろう。
でも出来れば近藤さんたちに知られたくないから内密にお願いしたい。
先生はしばらくおれの手の中の煙草を見つめて「あぁ、煙草ね」と言った。
煙が出ているコレが他に何に見えるのだろうか。
「先生一瞬沖田くんが『チョコ』とかやってるのかと思って焦っちゃったよ。
クスリだったら注意・・・ってか通報しなきゃだけど、タバコなんだからいいじゃない。先生だって吸ってるし」
「クスリなんて買う金あったらフツーのチョコ買いやす。・・・じゃなくておれ未成年なんだけど」
「先生はずっと少年の心持ち続けてるから未成年だよ」
「それは先生の願望。もっと現実を見た方がイイんじゃねェですかィ?
『少年の心』なんて気持ち悪いことば久しぶりに聞きやした。はっきり言ってドン引きでさァ」
「そんなことないでしょ?」
「いや、てか少年の心を持ったヒトが『チョコ』なんて知ってるわけねェでしょう」
「・・・そこは取り敢えず納得しておくべきところだったよ」
「それはどーもすみませーん」
沖田クン冗談通じないんだから、と肩をすくめて言われた。
いや、別におれは冗談が通じない性格じゃない。
単に先生が発する冗談の間と性質が悪いだけだ。
存在のほとんどが冗談で出来てる先生には無理かもしれないけど、
真剣に聞いてるんだから真面目に答えて欲しい。
タバコの灰を軽く落としてからハァ、と溜め息をついた。
それを見た先生がすかさず言った。
「沖田クン、何か幸せが逃げるようなことあったの?」
「先生、夜帰るときには背後に気を付けて下せ、」
「ごめんなさい。」
おれの意図するところが分かったのか、先生は素直に謝った。
先生だって冗談通じねェじゃん、と言うと先生は反応に困ったのか口を開いてすぐに閉じた。
・・・まさかおれが本気で背後から先生を刺すと思ったのだろうか?失礼だ。
ほんとに刺してやろうか。いや、あとが面倒だしやめとこう。
「・・・・・・それでおれは結局どうなるんですかィ?」
先生は咥え煙草をしてガシガシとそのキレーな銀色のアタマを掻いた。
あ~、とかう~とか唸っている。
「・・・あ~・・・タバコって何で二十歳からなんだと思う?」
「そりゃァ、子供の体には害が大きすぎるからなんじゃないですかィ?」
「じゃァ、何で沖田クンは二十歳じゃないのにタバコ吸ってるの?」
「・・・吸いたいから」
「なら吸ってもイイじゃない」
「?」
先生の言っていることがよく分からない。この人はいつも話が飛び飛びだ。
まるでその髪のように自由奔放な発想を持っているからだろう。
「だから、子供には害が大きすぎるんでしょ?
でも先生としては、タバコを吸うよりもタバコ吸いたいのに我慢することの方がよっぽど毒だと思うんだよねぇ」
沖田クンはどう思う?って聞かれた。
いつもは死んだ魚みたいな先生の目は今、悪戯っ子みたいに輝いてる。
そういえばこの先生はこんな人だった。大人なんだけど、普通の大人とはちょっと違う。
停学や退学の心配してた自分が可笑しくなって、笑った。
「先生の言う通りでさァ。我慢なんてするもんじゃねェなァ」
おれの答えに満足したのか、先生はおれの笑い方を真似して片方の頬だけ吊り上げて笑った。
おれがやると腹黒いって言われるけど(実際腹黒だけど)
先生がやると『大人』って感じがしてちょっとカッコよかった。
「イイコト教えてあげる。ルールってね、半分は破るためにあるようなものなんだよ」
「イイコトですけど、それ『先生』が言っちゃァ問題ですぜ」
「やっぱり?」
「うん」
笑いながら大分短くなったタバコに口をつけて肺いっぱいに煙を吸い込んで吐き出した。
正直美味くもないし、かといって不味いというほどでもない。
今吸ってるおれが言うのも何だけど、何で先生はこんなものをいつも吸っているのだろう。
高い煙草だと味も美味くなるのだろうか。
でも貧乏な学生は贅沢を言ってられない、これが精一杯だ。
ふと今朝土方さんと桂とメガネが教室で話していたことを思い出した。
・・・きっと先生は知らないのだろう。
さっき『先生方も学校では喫煙室でしか吸っちゃいけない』って言ってたから。
「先生」
「ん~?」
先生の方を向くと、転落防止の柵に背中を預けてタバコを吸っていた。
口から吐き出される煙は器用にもドーナツ型だ。
どこであんな知識を仕入れてくるんだろ。おれもちょっとやってみたい・・・じゃなくて。
これを知った先生はどんな顔をするんだろう。想像していると自然にいつもの腹黒い笑みが出てきた。
「このガッコ今月から先生もタバコ禁止になってんの知ってやすかィ?」
「・・・うそ」
「ホントでさァ。土方さん曰く、違反者は最低でも3ヶ月は減給らしいですぜィ」
少し前までは先生もフツーに学校でタバコをふかしていたそうなのだが、
タバコを吸わない人にとってタバコの煙というものは不快でしかなく、
その上吸っている本人よりも害の大きい、副流煙という迷惑極まりないオマケ付きだった。
そこで職員室近くの空き教室を改装して喫煙室なるものが作られたのは、おれが入学するより前のこと。
だが予想外の生徒の増加から教室が足りなくなってしまい、
仕方なく今月から喫煙室は姿を消し、新たに教室として生まれ変わるらしい。
もちろん黄ばんだ壁紙なんかは張り替えて。
先生の動きがまるで一時停止ボタンを押したかのようにぴたっと止まった。
目には絶望の色が滲み出ている。先生が青くなるのも無理ない。
だって先生は授業中でも咥え煙草の不良教師もといヘビースモーカーだから。
そんな先生からタバコを取り上げたら、ただでさえやる気の無い授業がどうなるか分からない。
おれに授業とか関係ないけど(授業は寝るためにある)、土方さんとメガネが嘆いていた。桂は諦めてた。
予想していたよりも血の気が引いたような先生の顔色に、おれは一層笑いを濃くした。
絶望の淵に立たされたかのようなかおをしてる先生を見てるのが楽しくて楽しくて。
おれもホントいい性格してるよなぁ、なんて思いながら直す気はゼロ。
こんなんだから土方さんにサディスティック星の王子なんて言われるんだろうけど、Sなのは自覚してるし。
「大丈夫でさァ。このことは秘密にしといてあげやすから」
先生はあからさまにホッとした表情をしていた。
それだけタバコが好きなんだろうけど・・・おれにはよく分からない。
「交換条件?」
「ま、そうゆうことで」
「仕方ないねぇ」
そう言って先生が苦笑した。おれはこの表情が一番好きだ。
「っと、そろそろ授業終わる・・・今度ココで会うときは晴れてるとイイね」
先生はおれの髪をくしゃくしゃと掻き混ぜてドアの方に向かって歩いて行った。
相変わらずやる気の無さそうな歩き方だ。
「せんせー、今度輪っかの作り方教えて下せェ」
先生の後姿に言うと、振り返らずに右手をひらひらさせながらドアの向こうに消えた。
おれはそれを見送ったあともまだタバコをふかしていた。
ここからだとグランドで体育の授業をしてるヤツが蟻みたいに見える。
サッカーをしてるらしいけど、やる気無いのが5,6人。みんな頑張るなァと思った。
そんなに嫌ならおれみたいにサボればイイのに。みんな変に真面目だ。
チャイムが鳴った。
次は確か銀八先生の授業のはず。
さあ、先生は減給だと言われてもなお咥え煙草をで来るのだろうか。
またぺろぺろキャンディーだとか言って誤魔化すに五百円。
・・・てかそれ、おれとの交換条件の意味ねーじゃん。
いや、先生がそんな人だってことを忘れてたおれが悪いのか。
よっこらしょと立ち上がって、ズボンに付いた汚れを叩き落とした。
ペタンペタンと音をさせながら出口まで歩く。
そしてドアの取っ手に手をかけようかというとき、ちょうど後光が射してきた。
太陽のお目見えだ。
えらくタイミングの悪い天照大神サマに向かって、思いっ切り舌を出した。
女神はそんなおれのことを馬鹿にするように、一層ギラギラとその輝きを増していった。
先生と今度ココで会う時があったとしてもきっと空は曇ってるだろう。
おれはえらく太陽に毛嫌いされてるみたいだから。
でもいくらおれが嫌いだからって雨を降らすのだけは止めて下さい、女神サマ。
そんなことしたら先生とココで会えなくなるから。
ちょっと祈ってみたけど、聞き入れてくれるかどうかは全て天の気分次第。
とりあえずご機嫌取りのために、
これから一週間は毎日カーテンレールにてるてる坊主を吊るしてみようと思った。
ティッシュを丸めて輪ゴムで縛って顔描いて。
こんなことするのは何年ぶりだろう。
ガキの頃はとりあえず目と口しか描いてなかったけど、今回の顔は全部土方さんにするつもりだ。
小学校では習わなかった、日本で太陽といえば天照大神で、その人は女神サマなんだってこと。
だから、てるてる坊主は土方さん。
いくら神って言ったって女の人。
土方さんみたいなカッコイイ男に頼まれたら、女の人は無下に断れないもんだ。
◆◆◆◆◆
taspo?そんなもの知りません。
真面目にtaspoはまだなかったんです。コレ数年前に書いたので。
銀さんの口調が分からない…いや、総悟も分からない。
ダメダメですみません。
我慢するよりも煙草吸うほうが明らかに身体に悪いことは分かってる。
それを知った上で書きたかった。
『WILD HEAVEN』って何か素敵な響き。何か無駄にエロい。
土方さんとか似合いそう、てか土方さんのイメージ。